「世界と戦える選手」とは?

蓮見 和章

 こんにちは、広島事務所の蓮見です。

 さて、先週の土曜日、JリーグのJ1が開幕しました。広島では、地元のサンフレッチェが去年までチームを率いていたペトロヴィッチ監督や一昨年までチームの顔だった槙野選手の所属する浦和レッズに開幕戦で完勝し、とても盛り上がっていたようです。またマツダスタジアムではカープのオープン戦が行われるようになり、プロ野球も開幕に向けカウントダウンに入りました。スポーツ好きの私にとっては、とても楽しみな季節のスタートです。今年はロンドンオリンピックもありますしね。

 ロンドンオリンピックといえば、一昨日マラソンの代表選手が発表されました。ニュースでは、「公務員ランナー」こと川内選手が落選し、補欠にも選ばれなかったことに関して、様々な意見が出ていますね。埼玉県出身の私としては、県民期待の星である川内選手には是非オリンピックに出て欲しかったというのが正直なところですが、じゃあ文句ない成績を残しているのかと言えばそういうわけでもありませんし、次も狙える年齢なので、切り替えて前に向かって欲しいと思います。

 ところで、オリンピックのマラソン代表選考は毎回後味が悪いものになることが多いのをご存じですか。松野明美選手がライバルの有森裕子選手には負けていないと記者会見を開いてアピールしたものの落選したバルセロナの選考や、Qちゃんこと高橋尚子が落選したアテネの選考でも、代表選手発表後に陸連に対する批判の声があがりました。

 批判の理由は、代表選手の選考基準のあいまいさです。陸連は「選考会上位の選手の中で世界と戦える選手」を代表の選考基準にあげています。この基準が曖昧すぎて、結局陸連が恣意的に選手を選考しているのではという疑惑が出てしまっているのです。

 「選考会上位」「世界と戦える選手」、確かに極めて曖昧な基準です。「選考会で●●分以内のタイムを出し、かつ×位以内になること」とか「各選考会で日本人1位になったもの」等具体的な基準であればわかりやすいと思います。ただ、陸連は真にオリンピックで活躍できる選手を選考したかったのでしょう。具体的な基準ではなく「世界と戦える選手」という抽象的な基準にしておいて、様々な要因から総合的に勝てる選手を選考しようとしたのだ思います。

 誰も疑いのないような基準で選手を選考すれば、皆が文句の言えない選手選考になるでしょう。他方、そのような形式的な選手選考では、真に能力のある選手(本番ではメダルを取る可能性の高い能力を持つ選手)を忠実に選ぶことは難しくなってしまうかもしれません。気象条件やコースによってタイムの単純な比較はできませんし、出場選手のレベルによって順位も大きく変動しますから。

 実は、法律の世界でも、具体的に誰もが解釈できそうな文言で条項をつくろうという理想はあっても、一見よくわかりにくい抽象的な文言で規定しておいて、その文言に該当する事案か否かは実務(裁判)で判断されるということを想定して作られる条項があります。その方が、事案に即した柔軟な判断ができる場合もあるからです。

 裁判では、このようにある条項の文言の解釈が主な争点となっているケースも少なくありません。更にはある程度具体的に規定されている文言でも、さらに踏み込んでその文言の意味、意図するところについて争われるケースもあります。よく「司法試験の勉強は莫大な条文をひたすら暗記しなければならないから大変だったでしょう」とか「弁護士は裁判では有利な証拠をひたすら集めるのが主な仕事なんでしょう」等言われることがあります。どれも決して間違いではないと思いますが、法曹(になるための試験)に一番求められるのは、条文の中の曖昧な文言を解釈し、定義づけを行い、その定義に即して事実を説得的に説明する能力だと思います。ある事実をコンピューターに打ち込めば法的にどうなるのかぱっとでてくるのであれば、法曹はいりません。そのかわり理不尽な結論になることもままでてきてしまうのではないかと思います。

 裁判では、最終的には裁判所が事案を総合的に分析し、抽象的な文言を含む条項に当該事案が該当するか否かを説得的に説明して判断します。皆が納得できるかは別として、その説明が一応曖昧な条項に対するもやもやのエクスキューズにはなっています。

 話がそれてしまいましたが、今回の陸連の判断、正しいか正しくないかは別にして、曖昧な基準を設けてまで柔軟にオリンピックで活躍できそうな選手を選んだということであれば、何故選ばれた選手が選考基準を満たすのか陸連は説得的に説明すべきだと思います。それができないのであれば、曖昧な基準を設けるのは控えて「一発勝負の選考会」で代表選手を決めればすむことです。スポンサーなど、いろいろなしがらみがあるのかもしれませんが、曖昧な基準を曖昧なままで選手を選んでもなかなか理解は得られないと思います。陸連が責任をもって選手選考過程を説明すべきなのに、その説明が乏しいということが、選考について世論からいっそうの批判を受ける一因となっているのは間違いないでしょう。

 陸連にはきちんと説明してほしいと感じます。と同時に、一般の人が曖昧すぎると感じる法律の条項に関する問題について相談を受けた際、個別の事案に則して具体的に説得的に説明しなければ、皆さん(依頼者)のもやもやはなかなか晴れないんだろうなということを今回の代表選考のニュースで改めて感じ、身の引き締まる思いがしました。

 例えば今回のマラソン選考のような基準の場合、選手選考の趣旨から具体的に「世界で戦える選手」とはどのような選手を差すのかを定義付けし、選ばれるべき選手の個々状況からその選手が「世界で戦える選手」と言えるのかを説得的に説明する。ちょっと極論かもしれませんが、そのような仕事も弁護士の仕事の一つだと感じていただければ、弁護士のイメージがつきやすいかと思い今回はこのテーマで書いてみました。

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